トップ > おもしろニュース > 【苦痛】私が中学になる頃まで、父方の祖父祖母と同居してて、母は小さかった私が見ても酷いくらいに嫁いびりされていた。そして、母がおかしくなった…
伝説の「師範代」が中高年ゴルファーに捧げる実践レッスン!『大古清のゴルフ道場』
ノアコインは初年度20% 複利で40年に渡って利子が付きます


【苦痛】私が中学になる頃まで、父方の祖父祖母と同居してて、母は小さかった私が見ても酷いくらいに嫁いびりされていた。そして、母がおかしくなった…

2017年11月01日(水) おもしろニュース
woman30_comp

561: 1/3 2015/12/14(月)12:41:43 ID:CYx

十年以上前に亡くなった祖母と、私と母の話。

私が中学になる頃まで、父方の祖父祖母と同居だった。
祖父、祖母、父、母、私、妹の6人で、二階建て一軒家に住んでいた。
祖母は身体が弱く、私が物心ついたときには入退院を繰り返していた。
出来るだけ自宅にいたいという祖母の意向により、病院に置くような医療機器を両親は購入した。
元々いいとこのお嬢さんだったらしく、お金を湯水のように使っていた。
当然、嫁入りしたわけだから、実家の援助もなく、すぐに貯金は使い果たし、両親の貯金に手を出していた。
母は、そのため仕事をせざるを得なくなった。
母は、小さかった私が見ても酷いくらいに、嫁いびりされていた。
出した食事を捨てられ、稼ぎが少ないと怒鳴られ、妹が可愛くない、男を産め、とにかくクソトメのやることを網羅していた。
朝のうちに、朝昼の食事を作り、掃除し、洗濯をし、仕事に行って、夕方帰ってきたら、夜の食事を作り、洗濯を取り込んだ。
もちろん全て6人分の量。
夕食は、皆が寝静まった後、家族が食べた後の残飯を食べていた。
祖母が、嫁は同じ食事は食べてはいけないと言っていた。
よく1人で暗い部屋の中、母が泣いているのを見ていた。
一度だけ、私が祖母に、母を虐めないでくれと言ったことがあったが、余計にいびりが酷くなったので、それ以降私から祖母に、母に対するいびりに関しては何も言わなくなった。
祖父が言うには、祖母が結婚したときにはすでに祖父方の親戚は皆亡くなっていて、祖母自体、そんなことしたことないくせに、そう言っていた。
食事も出来合いのものを買ってきていて、召使を呼んで全部やってもらっていたらしい。
母が嫁入りしてからは、貯金も無くなったし、母を召使い代わりにすることにしたようだった。


続きを読む

この記事が気に入りましたら
「いいね!」を押しましょう

 

この度は星の数ほどある情報サイトの中から、当ブログをご覧いただきまして誠にありがとうございます。

今後の執筆活動の励みになりますので、よろしければ「いいね!」をお願いいたします m(._.)m。


【必見!】今話題の情報 pick up!

人気記事 pick up!

コメントは受け付けていません。